保川建設株式会社

  • いい家情報局
  • 0475-23-3688 月曜日~金曜日9:00~18:00

保川建設株式会社

  • いい家情報局
  • 0475-23-3688 月曜日~金曜日9:00~18:00

Topicsお知らせ

2017.08.23

社長インタビュー ㈱福辺工業所 福辺克己社長

インタビュー

技能五輪というのがあると伺いましたが・・・

左官職人として23歳の時初めて出場しました。22歳以下ですと技能オリンピックになるんですが、23歳以上はいわば無差別級の競技になります。つまりこの時は私はいちばん下というわけです。この時は恐いもの見たさで出場し、予想通りみごとに大恥をかきました。翌年、再チャレンジして私のクラス(日本建築)が関東大会への出場権を獲得して、千葉県代表として関東大会に出て一番になって全国大会へ出場しました。全国大会は10人の争いなんですね。つまりビリになっても全国で10位というわけです。全国大会は2日間でいろいろな壁に向かって、決められた時間内に決められた課題をクリアしていきます。ここには何を塗るとかね。自分では5、6番に入る自信はありましたが、いろいろ経緯があって9番だったでしょうか。


で、現代の名工にも選ばれたんですね?

平成18年度に選ばれました。受賞理由は「長年にわたり日本古来の伝統工法による左官業に従事した。特に、漆喰を用いて天井と壁の交差部分の「引き蛇腹」という伝統的な施工法は、全国的にも数少ない技能者の一人として高く評価されている。また、在来工法を活かしながら作業工程の短縮を図る近代的工法の研究、技術を確立した」ということでした。この現代の名工に選ばれるには、技術が優れているだけじゃダメなんですね。実績とか、表彰歴とか、さらには技術の伝承、つまり後継者の育成も問われるんです。

 

人に教えるということですか?

そうです。昔は技は見て覚えろ、盗め、って言われて何も教えてもらえなかった。でも今はもうそんな時代ではないんですね。実は今、仕事のビデオを作っているんです。娘と二人での編集作業でなかなかはかどりませんが、若い人の教材になればと思ってね。完成後は左官組合に寄付しようと思っています。ま、生きた証しにもなりますしね。(笑)

 

人に教えるのは難しいのではないですか?

そうですね。業界には技術が上手な人はいっぱいいます。私なんか恥ずかしいと思えるような人がね。ただ、こういう人はうまく人に教えられない。逆に非常に有名で、人にも教えたり、本になったりしている人もいるんですが、仕事ができないって人もいます。名前だけ売れちゃって技がついていかないんです。技術もあって、人にも教えていける、これからはそういう人材が必要になる、そういう時代になるんじゃあないでしょうか。

ご苦労も多いのではありませんか?

仕事があるので一生懸命勉強して、わかればわかるほど苦労が多くなっていきますね。人に教えるには人の10倍は知らなければならないんです。そう思ってやってきましたから、仕事については大体のことはわかりますし、思い通りにできる自信もあります。私は他人の飯を食ってないんです。家の中だけでしたから。だから、技能五輪とかコンクールに出て技を覚えてきました。そんな経験が人を育てることに役立っているのかも知れませんね。

 

ところで、この丸い球はなんですか?

泥を球にして、漆喰を薄く塗って磨いたものです。泥ダンゴとは違うんですね。七宝漆喰磨き仕上げって言って、左官屋の辞典にも出てくるものです。漆喰を塗らないで泥だけで磨いて作ることもできます。その土地、その土地の泥で作るのがいいですね。子供でも誰でもできますよ。作っているうちにだんだん上手になりますし。孫なんかジーちゃんよりうまくできた、なんて言ってますよ。(笑)


いいものってなんでしょう?

昔から残っているものというのは、手間に糸目を付けないものばかりですね。左官では有名な職人に伊豆の長八って人がいます。いろいろな所に素晴らしい仕事が残っています。こうした名人といわれる人の仕事はホントにすごい。色だって褪せることはありません。本物にはかなわないって感じです。

 

これからはどうなりますか?

今はプロと言われる人たちでさえ伝統的な技術を知らなくなってきてますね。以前、松戸で講習会をやったんですが、私は小舞で荒壁塗りを教えたんです。これはカタカナのロの字を描くように塗っていくのが基本で、本にもそう書いてあるんですが、その意味を知らないんですね。だから覚えられない。技術や材料、段取りなんて言うのは実地に怒られ、怒鳴られながら覚えるのがいちばんですが、今はそういうのはきらわれちゃいますからね。手っ取り早く覚えたい、教える方も大変です。それに今は移動は車。私らの頃は自転車かリヤカーだったでしょ。だから現場に行く際には運ぶのが大変だから、材料は余計なものは持っていかないし、道具は忘れないように気をつける。こうして仕事を覚えるんです。そうすると本当の技術が身に付くんです。


ところでお歳は?

満で72になります。この仕事は後4年で60年になりますが、まだまだ現役で頑張っています。仕事やってた方が身体にいいしね。同業者で、年がかわらない人でも仕事辞めちゃうとめっきり老け込んじゃってますから。
(注:インタビュー当時のお歳です)

 

いつ頃から左官屋さんをやってられたのですか?

私で5代目、明治元年にはもうこの場所で左官屋をやっていました。その前から、つまり江戸時代からやってたらしいですが。昔は今より寒かったので1月、2月は仕事が休みでした。つまり10ヶ月で1年分稼ぐ、宵越しの金は持たない、なんて言われた時代でしたが、普通に仕事していれば生活ができたんですよね。創業してもうすぐ150年、その時、その時の適正な相場で仕事してたから今までやってこれたんでしょうね。今、周りを見ても倒産とか、廃業する人はみんな一代とか、二代とか短命ですよね。コツコツやってれば間違いないのにね。とにかく、いつになっても仕事がある、仕事をさせてもらえるってありがたいものです。


仕事する上でのモットーは?

私は中学出てすぐこの道に入りましたが、私にも高校、大学へという夢はありました。でも、私のオヤジはとにかく仕事を覚えてしまえという人だった。仕事を覚えてからでも学校へは行けるってね。前にもいいましたが、名前は有名でも、じゃ実際にやってみるとなるとできない人が多い。絵を描いたり、奇抜なデザインを考えたりとかではすごいんだけど、技術がついていかない。これじゃいかん、というのがオヤジの考えだったんです。だからまず、壁を平らに塗るのを叩き込まれました。今、私も壁を平らに塗れるようになれば、あとはどういう風にもできるよって教えています。基本さえしっかりできていれば誰でも楽に仕事ができます。一生懸命やれ、基本を覚えろってウチのオヤジなんか口やかましく言ってました。私もそれだけは守り続けたいと思います。

 

今、左官業界はどうなんでしょうか?

自然志向、健康志向とかで左官の仕事は少しづつ増えてきています。でも一時期に比べれば圧倒的に仕事は減りました。左官とかタイルとか仕事がないから職人も激減しています。だから、仕事が増えてきたとき困るんです。職人はすぐには作れませんからね。業界では今、多能工養成を掲げています。もう左官だけやってれば済む時代ではなくなってきましたし、職人でもいろんなことができれば、生き残っていけますからね。

 

 


左官の伝統技能保持者であり、このインタビューのあと、黄綬褒章を受賞された福辺さん。優しさの中に、満々と自信と誇りを湛えておいででした。ご自宅も見せていただきましたが、見事な左官仕事に圧倒されました。こういう職人さんが日本の文化を担ってこられたんですね。
(聞き手:アットホームパソコンサロン/この記事は平成24年6月にインタビューしたものです)