保川建設株式会社

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Topicsお知らせ

2017.08.23

社長インタビュー ㈲インテリアヨシノ 吉野 晴光社長

インタビュー

このお仕事はいつごろから始められたのですか?

独立して、茂原で始めたのは昭和50年からです。


保川建設とは、どのようなきっかけで取引が始まったのですか?

昭和52年頃かな、近所の友人が家を建てていて、その友人にちょっと見に来てっていわれて出かけて行ったんです。で、たまたまその工事をやっておられたのが保川建設で、工事現場で今の保川会長と出会いました。それが最初で、お付き合いはそれから始まりました。もう30年以上になりますね。


初めは何をやっておられたのですか?

昭和41年に茂原の高校を卒業してしばらくサラリーマンをしていました。薬問屋の営業です。けれど将来を考えるとなんだかもの足りなさを感じていました。で、具体的にコレっていうのがあったわけじゃないんですが、もう少しやり甲斐のある仕事に就こうと脱サラを目指したんです。漠然と考えていたのは、自分で何か作り出す、そんなことができればいいなと。


そして内装業に・・・

当時、これからは建築業界が伸びるっていわれていたんです。それで、建築にはいろんな業種がありますが、地元の茂原を調べたら内装専門業者がいない。よしっ、これだってことになったんです。早速インテリアの仕事を覚えようと上京し、会社を訪ね歩きました。そして入ったのが畳の問屋さん。これから本格的に内装業を手がけていこうという会社で、ここの社長も私の事情を理解してくれて、仕事しながら技術を覚えればいいと言ってくれたんです。昭和43年頃でしょうか。


ちょうど景気も良くなってきた時期ですね。

そうですね。いいタイミングでした。この頃からちょうど好景気を迎えて、仕事がどんどん増えてきました。いろんな仕事を覚えることができたし、現在の基礎を作るいい勉強をさせてもらいました。


それからずっと社長として活躍されている?

実は今、私は社長じゃないんです。社長は息子がやっています。現在、社員は数名おりますが、これまでに入社して、仕事を覚え、独立していった社員は30名ぐらいいるんじゃないでしょうか。仲間には職業訓練所みたい、なんて冷やかされますが(笑)。この業界、仕事さえ覚えてしまえば独立するのは比較的簡単なんです。そんなに資本もかからないですし。


難しいことってあまりないんですか?

いや、決してそんなことはないんです。この業界、ご存知の通り商品の種類が非常に多い。そのひとつひとつに対応できる技術が求められるんです。これは大変なことで、内装業界は本当は高度なテクニックが要求される業界なんです。また、技能士という国家資格が必要となりますが、ほかの業界と違って内装業界ではこれが細かく分かれているんです。壁紙、床、カーペット、カーテンと言った具合にね。さらにいろいろな申請も所轄官庁によって細かく分かれています。対応するだけでも大変です。

 

一時シックハウスが騒がれましたが?

最近はあまり騒がれなくなりました。消費者の皆さんの意識が高くなり、それにともなって材料も、今は国産であればすべてシックハウスに対応するものになっています。国産品ならシックハウスへの対応は全く問題ありませんね。


最近、何か変化はありますか?

ご多分にもれず環境に対する意識の高まりでしょうか。今はやたらにゴミを捨てられないし、メーカー側でもそれに対応してリサイクルできるような製品を開発してきていますね。私たちもこれからは健康とか、エコロジーとかに真剣に取り組まなければいけませんね。


最近のヒット商品って何ですか?

省エネとか、UVカットとかに重点を置いた商品が人気です。透明のガラスに貼るフイルムなど注目です。外の景色への視界を妨げることなく熱や紫外線などをカットしちゃうっていうものです。窓からの光線をカットするっていうと、これまではガラスに色を付けたり、カーテンだったり、ブラインドだったりと、どうしてもせっかくの視界を遮ってしまいます。ところがこのフィルムは違うんですね。断熱効果、UVカット効果、かなり高いですね。さらに、これを窓に貼るとガラスが割れた時、破片が飛び散らない。災害への対策としてもいいんですね。薄いフィルムですから、貼るにはそれなりに技術が要求されますが。


茂原市の内装業界のパイオニア、吉野さんは終始もの静かに語ってくれました。脱サラして仕事を覚え、地元で新規事業を開拓してきた誇りと自信が、オーラのように立ち昇っていました。
(聞き手:アットホームパソコンサロン/この記事は平成24年2月にインタビューしたものです)